「先生はしつっこいのね。あたし、もう飽き飽きしちゃったわよ」とカンシャクを起こした。
デコちゃんがあの、大大大画家、梅原龍三郎に文句を言った。……!
失神しそうになった。
かつて、高峰秀子さんの本を数冊読んだ覚えがある。
高峰さんは、梅原龍三郎氏を非常に尊敬されていて、絵を何度も何度も褒めておられたような気がする。
デコちゃんはモデルをしたことがあったんですね。お二人は、仲が良かったらしいですから。
カンシャクを起こすなんて、デコちゃんらしい。
「文句」を言ったと聞いて、一瞬、息が止まる思いがした。そしてその後、大笑いした。
さすが、デコちゃん! デコちゃんらしいな、と感心した。
その頃の梅原評は、「風貌」によると、…。
「梅原龍三郎を怒らせた話」から
梅原さんは、「マチスやピカソが何をやろうと、俺は俺だ」という腹の座ったところがある。
戦後、フランスから初めて着いた「ヴェルヴ」のマチス特集号を梅原さんへ見せたら、ページをめくりながら「マチス君も近頃は大分うまくなったね」と言ったという。…。
尤もルノアールの弟子という関係では、梅原さんと兄弟弟子に当たるわけであるから、そう言われても別に不思議でないかも知れない。
梅原さんは、写真嫌いである。嫌いというよりも、僕の邪推によれば、写真というものを軽蔑している人である。
……。
【肖像写真を撮ろうと、あれこれ注文を付けていると】
梅原さんの一文字に結んだ例の特徴ある口が、わなわなと震えているのに気付いた。…
怒りに震えるという言葉の実際を、僕は目のあたりに見たのである。
…。
撮影助手の角田は、まだ青い顔したまま、ホッとしたような顔で言った。
「怖かったですね。睾丸が縮み上がったまま、まだ下がりませんよー」
……。
【こんな梅原さんだったが、】
デコちゃんにカンシャクを起こされた梅原さんは、すっかりオロオロされて、三拝九拝、やっとモデルを続けて貰ったが、その後、矢張り出入りの画商である中村鉄に「僕を撮った時の、土門君の気持ちがわかったよ」と、そうっと言われたというのである。
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