「人間にとって成熟とは何か」
目的は、口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)(兎唇 みつくち)で生まれて来た貧しい子供の患者に無料で手術をしてくださるドクターたちのチームの後方支援の雑用係(?)の一員として行かれた。
※ 昭和大学病院の形成外科のドクターたちによって
2011年からアンッィラべという地方都市でおこなわれている。
支援活動の偉大さとともに、
80歳でアフリカに行くと聞いてびっくりした。
80歳と言えば、家でおとなしくしているもの、とまでは言わなくとも海外旅行は、無理と思っていた。
この本は2013年に出ている。9年前に、もうこんな「お年寄り」がいたのだ。
自分のうかつさを恥じるばかりだ。
曽野綾子氏の本は、私にとって、「覚醒」と「励まし」の本だ。
誰もが感じているが、言い出せないことをさらりと言ってしまわれる。
また、気づいていない、物事の本質をズバリと言われる。
常識に欠けるところの多い私としては、「座右の銘」と言える本である。
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第五話 他愛のない会話に幸せはひそんでいる から、
移民についての部分を書き出してみる。
9年前出版された本とはいえ、現在において、参考になる文章が多々あり、拾ってみた。
シンガポールの移民受け入れの基準
・無制限に移民を受け入れて、後でシンガポールの社会構成にひずみが出るような甘い政策を許してはおかない。
・外国人口入れ業は、厳重な政府の監督下にあり、
すべて当人の意思がシンガポール政府の意図するところに違反しないか確認を取った上で就労を許すようだ。
雇う側にも、労働を提供する側にも、きちんと責任を負わせて
野放図な人口の流入は防いでいるのである。
・半年ごとに移民は出頭を義務づけられ、その時、妊娠検査がおこなわれる。
妊娠反応が陽性なら、即刻国外退去を命じられる。
つまり
入国就労の時、この国では結婚も出産もいたしません、という誓約をしているのである。
「でもシンガポールは、永住権を取って移民して来てくれる人を望んでいたじゃない」
それは財産、教養、信用のある職歴を持つ人たちの移住を望むのであって、必ずしも誰でもいいから移民を欲しがったのではない。……
こういう場合、日本のように
すぐ人権とか平等とかを持ち出して
外国人にも全く同等の扱いをせよ、
というような国を私はまだ見たことがない。
アメリカでも、いざ事に当たってみると、
移民には厳しい面があり、国籍を取ろうとでもすれば、さまざまな障壁にぶち当たるという。
誰しも自国にとって益になることをするのが基本で、それは少しも悪ではないのだから、
それに抵触するような見え透いた人道主義は取らないのである。
第十三話 存在感をはっきりさせるために服を着る
敗れたジーパンは幼稚な証拠
ことに外国で着物を着ることは非常に便利なものであった。
まず日本人の体形の悪さや貧弱さを、着物は充分にカバーしてくれる。
和服には宝石がいらない。
普段着も外出着もなくなり、汚れたり敗れたりしているのもファッションの一つと考えられるようになった。
気楽といえば気楽だが、こうした状況はグレードの低いものに常に標準を置くという姿勢につながる。
つまり平等や流行を口実にすることは、学校のクラスで常に成績の悪い子に標準を置くようになれば平均の学力が上がらないのと同じことになる。
「破れたジーパン・ファッション」に対して、
私はかなり本気で怒ることもある。
破れたジーパンは、次のことを示すだけだ。
1.その人が貧乏である。
2.(相手が破れたジーパン姿なら)その人は自分に会うことを、評価していない。
つまり自分をばかにしている。
判断はそのどちらかになるのだ。
アフリカではつましい生活をしている青年は、真面目な目的で人に会う時は、精一杯のおしゃれをしてくる。
子供の学校の開校式があれば、清涼飲料水の会社からもらった社名入りの宣伝用のTシャツであろうと、真新しいのを着てくる。
自分のお金では買えないから、こういう晴れの日のためにとってあったものだ。
あるいは少々体のサイズに合わなくても、従兄弟から借り着をした背広を着てくる。ネクタイもしてくる。
破れたジーパンだけは失礼で、はけないのである。
こうした悲しい大人の世界の判断があることなど、日本人は全く想像できない。
つまり
他者の生活にはいかにさまざまな事情があるかということを、思いやる能力がないのだ。
他人の生活を思いやれないということは、その人がどんなに学校秀才であろうと、大人になっていない証拠である。
そのこと、あるいはそのものが、この社会の中でどういう位置を占めるかという全貌を見抜くことができない利己主義者なのである。
そして子供は原則、利己的である。
色で表現できること
六十代の半ばから十年おきに、私は両足の骨折をしてしまった。
どちらの場合も、術後、無謀なくらい歩いたので、危惧されたように寝たきりにもならず、車椅子のご厄介にもならず、杖もつかずに歩けるようになったが、
いつのまにか心理的に着物を着るのを嫌うようになっていた。
「それはつまり、体力が落ちたっていうことよね」(口の悪い友達)
衣類を美しく切るには体力と気力がいる。
立ち居振る舞いというものには気合が必要だ。
「着物は流行らなくなった。和服の時代は終わった」と言われているけれど、
茶道、華道、日本舞踊、民謡などに熟達した方たちは、やはり着物と縁が切れない。
…… 職人芸を要求される染めや織りをする人たちの数もめっきり減っていると言うけれど、
やはり年月をかけて作った凝った着物はいくらでもあるし、
高価な着物を買う層もなくなってはいないのである。
……着物の流行でいささか気になることがあった。
それは着物の色調が全体に地味に淡くなっているのである。
今でも私の着物に対する憧れの源は、歌舞伎と能にあるのだが、
この両者の表現力は並大抵ではない。
西欧人の正式な服装は、服も帽子も手袋もハンドバックも基本としては、同系色で揃えようとする。
しかし歌舞伎の衣装や能衣装は全く違う。
日本の伝統は対照的な色使いを好む。
反対色の冒険を堂々とし続け、その中で日本固有の絢爛たる美も動きも示しているのである。
ミケランジェロによってデザインされた、ヴァチカンのスイス傭兵の制服。
これ以上きれいな色はないだろうと思われるものは今でも、常に愛されるのである。
バチカン市国 スイス傭兵の制服
雑誌で見る日本の奥様、お嬢様方の「お召し物」は、本当に地味で慎ましい。
…… ぼんやりとしたグレー、クリーム色、淡いピンク、輝きを抑えたシルバー、ピンキッシュグレー、銀鼠等
私から見ればまだ充分にお若いのに、考えられないほど控えめなのである。
お茶席の着物と、世間の一般的な「およばれ」の着物とは違っていいのだと思う。
私が外国で着物を愛するのは、……
派手な道具立ての建物の中で、
日本人が、細い路地の築地塀(ついじべい)の外を静かに歩く女性が着ていると美しいと思う紬(つむぎ)など、
実は雑巾にしか見えないことを発見したからだ。
「目立ちたくない」は卑怯な姿勢
まだ若い頃、私は宇野千代さんのデザインによる着物を着てローマを歩いていた。
私が、ではなく、私の着物がきれいだったから、止まって眺めたのである。(運転手たちが)
…… あらゆる自動車がやさしく止まるのである。
美しいものを追求するのに西欧人は他人に遠慮しない。……
他人の目に自分はきれいだと見えるために装うのである。
昔、新橋の芸者衆は決して刺繡の着物は着ず、指輪も身につけなかった。
もし女性のお客様が来られて、その方より高価そうに見える着物や装身具をつけていたら失礼になるからだ、という配慮があったのである。
それに芸者は、お座敷では座布団に座らない。
配慮があるということは、いつでもどこでも必要なことだ。
そして日本人の心情、無難な生き方を求める姿勢の中に、目立たないという条件があることをこの頃、私は感じるようになった。
目立たない、ということは、称賛も受けにくいが、つまり非難される要素だけは取り除くという守りの姿勢である。
服装は、軍隊のような特殊な集団でない限り、ほんとうは個の確立のためにあるのだ。
つまりその人が目立つために装うのである。
目立つということは「私はこう考えています」「私はこう振る舞います」ということの証でもある。
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80歳で、飛行機に乗ってアフリカに行く人は、リハビリもすごかった。
骨折し、その術後、「鬼のように」リハビリをされた。
人間、「やることがある」人は、いつまでも若く、強靭な精神も持ち合わせておられるようだ。
本の一部だけ紹介させてもらった。
興味のある方はぜひ、本を手に取って読んでいただきたい。
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