人生相談回答者失格
佐藤愛子著 「90歳。何がめでたい」から
ある日の「人生相談」(産経新聞)に
「田舎の近所付き合いが憂鬱」という相談が寄せられていた。
「我が家の辺りでは、女性も元気なうちは働きます。会社では人間関係がうまくいっていなかったのですが、他に働き口もないので長年、家計のために我慢していたのです。嘘の上塗りになるのも嫌ですが、こんなことまで正直に他人に教えなければいけないでしょうか。私は嫌な人間ですか。」
回答
「お声をありがとうございます。『田舎の近所付き合いは憂鬱』ということですが、そういう一面もあるかもしれませんね」
「現状は変えられないですし、人付き合いが苦手だとしてもどうしようもないので、どこかに愚痴を言える場があるといいんですよね」
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「よくがんばってこられましたね。25年間、お疲れさまでした。これからは夫婦仲良く、そして一人の時間も楽しんでほしいなあと思います」
愛子先生
「嫌な人間ではありませんが、弱い人間です。あえてはっきりいうと気が小さいんです」
「気が小さいからつまらん手合のいうことが気になるんです。そんな奴にははっきりといった方がいいんです。『私、そんな話はしたくないの』とね。」
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人を理解しようとしないこういう無教養な手合は、あなたに対して親しみを持つのをやめます。好奇心を満足させてくれないあなたとは付き合う楽しみがないから。
あなたは親しめない変わり者として方々で悪く言われるようになるだろうけれど、そんな手合に気に入られてナンボのもんじゃい、と考えるようにすればいいのです。
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この循環を裁ち切るには、覚悟の実行力が必要です。人はみな多かれ少なかれ、自分の人生を自分なりに満足いくものに作るために目に見えぬ血を流しているのです。
「佐藤さんのいうことはわかる。けれど私にはできない」
「私ってダメな人間なんです」
駄目だと思うのなら、その駄目さを駄目でなくすればいい。
自分の弱さと戦う!
戦わないで嘆いているのは甘ったれだ!
「私にいえることはこれだけだ。あとは勝手にしろ、もう知らん!」
★★★★★★
いつもながら、笑いころげて、気分スッキリ。
相談者には悪いけど。
でも、思うんです。この相談者も、いつか愛子先生の言おうとしたことを雷に打たれたように理解し、「何っ~」て鎖を裁ち切る日が来るだろう、と。
イラスト 上路ナオ子 さん